【12/100の種】「この子のために」が、この子の人生を奪っ...
2026/09/13
【12/100の種】「この子のために」が、この子の人生を奪っていない?
読んでくださり、ありがとうございます。
前回11/100では、
子どもの行動を見た時、
「なぜ、こんなことをするの?」
だけではなく、
「何のために、この行動を
選んでいるんだろう?」
という視点を持つことについて
書きました。
私の人生を変えた
アドラー心理学の目的論です。
今日は、もう一歩
私たち大人の
「この子のために」という思いについて
考えてみたいと思います。
親である私たちは、
子どもには、
幸せになってほしい。
できれば、
苦労してほしくない。
将来困らないように、
勉強してほしい。
いい学校へ。
いい進路へ。
自分で生きていける大人に。
多かれ少なかれ
思うのではないかと思います。
私もそうでしたが
その願いは、
きっと愛から生まれていると思います、
だからこそ、
「勉強した方がいいよ」
「今やっておかないと困るよ」
「こっちの方があなたのためだよ」
と、
人生の先を知っている大人として、
正しいと思う道を
教えたくなる。
でも、ある時、
私は考えるようになりました。
「この子のため」と言いながら、
私は“私が安心できる道”を
選ばせようとしていないだろうか?って
そして気づき、突っ込みました

オイオイ
転ばぬ先の
私の杖を、渡してるでないかーい!と。
もちろん、
親が意見を伝えることが
悪いわけではありません。
子どもには、
まだ知らないこともあります。
大人だからこそ
伝えられることもあります。
でも、
親が正解を渡し続けた先で、
「お母さん、どうしたらいい?」
「どっちを選べばいい?」
「これで合ってる?」
と、
子どもが自分で決められなくなり
自分の人生なのに
自分の外側に
答えを探すようになっていったとしたら。
そこで、質問です。
私たちが本当に育てたいのは、
親の言う通りに
正しい道を歩ける子
なのでしょうか?
それとも、
迷っても。
失敗しても。
立ち止まっても。
「私は、どうしたい?」
と自分に問い、
自分で選び直せる子なのでしょうか?
11/100で書いた
「何のために?」という視点も、
ここにつながっています。
たとえば、
進路を決められない子に、
「どうして決められないの?」
ではなく、
「何か不安なことはあるかな?」
「何を大切にしたいのかな?」
「本当は、どうしたい?」
と、その子の心に
関心を向けてみる。
答えを教える前に、
その子の中にある答えが
出てくるのを待ってみる。
すぐに答えが
見つからなくてもいい。
迷うことも、
立ち止まることも、
自分の人生を
自分で選んでいくための
大切な経験なのかもしれません。
親が子どもの人生を
歩いてあげることはできない。
だからこそ、
道を決めてあげるのではなく、
「あなたなら、
あなたの道を選んでいける」
と信じる。
「この子のために」
から、
「この子の力を信じて」
へ。
そんな子育てへ、
少しずつ変わっていけたらと
子どもは安心していっぱいし
安心して立ち上がり
安心して、
ハンドルを握り
自分の人生の主人公として
未来に希望を持ちながら
いきていけるのではないかと
私は思っています。
あなたは、どうおもいますか?
次回は
多くの家庭で一度は出てくる、
あの言葉について
考えてみたいと思います。
「勉強しなさい!」
私たちは、
何のために
この言葉を子どもへ
届けているのでしょう?
そして、その言葉を受け取った
子どもの心では、
何が起きているのでしょう?
次の13/100では、
「勉強しなさい」の向こう側
を一緒に見てみたいと思います🌱
あなたは今日、
「この子のために」と思っていることを、
「これは誰の安心のためだろう?」
と、一度問い直してみませんか?
ー命には、幸せになる力がある。ー
今日も一緒に、
幸せの種をひとつ蒔いていきましょう🌱
ゆみこお母さん












